昨年阪神が18年振りのリーグ優勝を遂げ、これでセリーグではこの10年間に優勝がないのは広島(91年が最後)だけになった。
一方、パリーグでは、10年どころか20年以上も優勝していない球団が2チームもある。
1つ目はロッテで、1974年にカネやん、金田正一監督のもと日本一に輝いてから、もう29年も栄冠から遠ざかっている。
2つ目は日本ハムで、81年に親分こと大沢啓二監督がリーグ優勝に導いて以来、これまた22年間、美酒を味わっていない。
これだけ長くなると選手は勿論、ファンでも優勝を知らない人たちが数多くいることになる。
ではこの間、両チームともそんなに弱くて、優勝の可能性は全くなかったのかというと、そんなことはない。
惜しい年は何度もあったにもかかわらず次々のがし続け、結局気付いたら20年以上経ってしまったのである。
まず、ロッテだが、74年の日本一以降、少なくとも80年代の初めまでは、パの強豪の一角だったのである。
それは次の戦績で一目瞭然だ。
1974年 後期優勝(プレーオフで阪急に3連勝、優勝)
1977年 後期優勝(プレーオフで阪急に2勝3敗)
1980年 前期優勝(プレーオフで近鉄に3連敗)
1981年 前期優勝(プレーオフで日本ハムに1勝3敗1分)
見られるように、ロッテは74年も含め、1973-82年の前後期制時代の10年間、20シーズン中で4度の半期優勝を遂げている。これは阪急(9度)に次ぐ成績だ。
ところが、年度優勝となると阪急が4回、近鉄2回で、ロッテは南海、日本ハム、西武と並ぶ1回。つまり4回もプレーオフに出ながら勝ったのは最初だけで、あとは全敗である。
しかも81年、山内一弘監督が2年連続前期優勝を果しながらプレーオフで敗れ退任すると、翌82年5位、そして83年は最下位と一気に転落してしまった。
それまでの33年間、12球団中唯一最下位経験がなかったのは実はこのロッテだったのだが、これ以降は昨年まで21年で7回の最下位、Aクラスは稲尾和久監督時代の84、85年、前回バレンタイン監督時代の95年に首位と大差の2位が3回あったきりで、全く優勝の可能性すらなくなってしまった。
ロッテが最後に優勝争いをした81年の翌82年には西武ライオンズが優勝を遂げ、ロッテと入れ替わるようにして以後1度もBクラスに落ちていない。
それ故、もしロッテがその前までの3回のチャンスをものにしていれば、あるいは歴史は変っていたかもしれないのである。
次に日本ハムだが、こちらはある意味ロッテ以上に惜しいかもしれない。
1982年 後期優勝(プレーオフで西武に1勝3敗)
1993年 2位(首位西武と2ゲーム差)
1996年 2位(首位オリックスと7ゲーム差)
1998年 2位(首位西武と3.5ゲーム差)
2000年 3位(首位ダイエーと4.5ゲーム差)
81年に優勝した翌82年も後期優勝しながらプレーオフで西武に敗れ、V2を逃している。しかもこの年の年間通算では1位だった上、翌83年からは1シーズン制に戻っているのだから、何とも不運である。
その83年は3位を確保したのものの、大沢監督がフロント入りして植村監督に交替した84年は途端にぶっち切り最下位転落、先のロッテ同様、2年前まで毎年優勝争いに絡んでいたチームとは思えない凋落振りだった。
その後も優勝争いに無縁な年がしばらく続くが、90年代からやや上昇に転ずる。ただ、どういうわけか好調が持続せず、1、2年置きにAクラスとBクラスを行ったり来たり。それも極端なのである。
93年は復帰した大沢監督のもと2ゲーム差まで迫りながら優勝を逃すと、翌年は最下位。親分は土下座して辞め、かつて阪急の黄金時代を築いた上田利治監督に替る。
その上田監督がチームを立て直し、96年は終盤までオリックスと争うが、首位攻防戦を前に上田監督が家庭問題で突然休養、惨敗を喫すると、翌97年は4位。
その翌98年、今度は「ビッグバン打線」で前半までダントツ首位に立ちながら、後半失速して2位で惜敗すると、翌99年は5位に沈む。
更に大島監督時代の00年も上位に絡みながら3位に終ると、次の年は最下位。
そうこうしているうち、ここ3年間はまたBクラスが指定席になってしまった。
隔年で優勝争いはするのだから、そこそこの力は持っており、ただあとひとつ何かが足りないため優勝できず、その優勝できないため結局、やがて旬を過ぎて優勝争いにすら絡めなくなってしまう… という、悪いパターンにはまってしまったのがこの10年余りの日本ハムの状況だったと言えるだろう。
さて、今年は19年振りにプレーオフ制度が導入され、しかも3位までのチームに優勝の可能性があることで、例年以上に激しい争いが予想され、また期待もされる。そうなればロッテと日本ハムも何とか3位に食い込むことで、久々の胴上げが経験できるかもしれない。
かつて前後期のプレーオフ制時代は10年間でまんべんなく6球団が優勝を果している。その意味ではプレーオフ制度は成功だった。今回の新しいプレーオフ制度が同様の結果をもたらすことができるかどうか… 今後の展開に注目である。
by三月終太
プロ野球データライブラリー
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