Baseball Column

1リーグ制で巨人戦の視聴率は上がるのか? [by 三月終太]

1リーグ制で巨人戦の視聴率は上がるのか? [by 三月終太]

遮二無二来季からの1リーグ制移行を目指す巨人。
あたかもそれは「パ・リーグ救済のため」であるかのような詭弁を弄している。
だが実際は、単に読売グループの利益のためでしかないことは天下万民の知るところ。
差し当たって野球レベルだけで言えば、巨人人気の回復、つまりテレビの巨人戦視聴率のアップが目的であろう。
巨人戦中継が常時20%超の平均視聴率を稼ぎ出したのも今は昔の話、昨年は14%まで落ち込んだ。今年はもっと悪化するだろう。
このまま歯止めがかからず10%を切るようなことになれば、テレビ局としてはもはや地上波のメインコンテンツとして放映する価値はなくなる。
身内の日本テレビですら例外ではあるまい。
そうなったら読売グループの根幹をも危うくなる。
何しろ巨人「軍」は読売新聞販売拡張の「尖兵」なのである。
従ってその前に、何としても人気下落を食い止め、視聴率にテコ入れをする必要があった。
そのための手段こそ「1リーグ制」である。
しかし、1リーグ制になったからと言って、巨人戦の視聴率は上がるものなのだろうか?

なるほど、確かに1リーグ制になれば、従来はなかった巨人と西武、そして松坂と高橋の対戦などが常時実現することなる。言わば「毎日がオールスター戦」だ。
現に来季は開幕前から読売グループの総力を挙げて「1リーグで実現したオールスター・リーグ!!」という大キャンペーンを展開して話題作りに努めることだろう。
だがそれでどの程度視聴率が回復するだろう。

というのは、巨人と西武、或いは松坂と高橋の対戦などは、もとからの野球ファンならばこそ面白いと思うかもしれない。
だが、野球に興味なかった者にとっては「だから何?」ってなものである。
例えばサッカー少年が、松坂と高橋の対決で俄に巨人戦中継に夢中になるという光景はイマイチ想像し難い。
つまり、どうでもいいことでしかない。
メディアが1リーグをさかんに煽り立てれば、確かに当初こそは多少の興味を惹くかもしれないが、それだけの話。
あとまで続くものではない。
これは、10年前に長嶋茂雄を復帰させた時と同じである。

長嶋復帰前に低落していた巨人戦の視聴率は、一時的には回復した。
だが、数年後には元の木阿弥、いや、もっと下がってしまって今日に至る。
当り前だが、視聴率アップのためには、今まであまり野球に興味のなかった層を新たにテレビの前に惹き付けて来なければならない
だが、テレビが垂れ流すのは、明けても暮れても「長嶋、長嶋」。
なるほど、長嶋は稀代のスーパースターだが、しかし現実には既に老人でしかない。
40年前なら「テレビで長嶋に憧れて」野球少年の数が増大したろうが、今更老監督の長嶋を見て野球好きになる子供がいるわけがない。
にもかかわらず、いつまでも長嶋で巨人人気の延命を図ってきたツケが今日の惨状となって跳ねかえって来ている。
球界にとってこの10年は「失われた10年」だったのである。

もっとも、長嶋には、いかに老いたりと言えどもまだ個人としてのカリスマや魅力があった。
だから曲りなりにも数年はもった。
だが今回の「2リーグ制崩壊」はただの球界内のゴタゴタに過ぎないしその結果生じる「1リーグ制移行」というのは人工的状況でしかない。
1リーグ制になったら突如巨人に魅力のあるスターが出現するわけでも何でもない。
ブラウン管に巨人のユニフォームさえ映し出して入ればテレビの前の大衆が巨人ファンに洗脳されるような、ある意味で「幸せな時代」はもう二度と戻って来ないのである。

思えば、プロ野球は昭和33年、長嶋のプロ入りで隆盛期に入った。
この同じ時期、プロレスでは力道山が一世を風靡していた。
「テレビ時代」を築いた最初の功労者は長嶋と力道山の2人だ。
特に日本テレビはプロ野球とプロレスの二本立てで「スポーツのNTV」として売り出して行ったのだ。
力道山の死後も、プロレスは馬場、猪木の時代までは20年余りテレビのゴールデン・タイムのメインコンテンツとして全盛を誇り続けた。だが、今では見る蔭もない。
プロレスそのものはマニアに支えられて今でも存在しているが、とっくの昔に地上波のゴールデン・タイムからは姿を消している。
もう国民大衆が熱狂するコンテンツではなくなってしまったということなのである。
巨人戦中継もかつてのプロレス中継と同じ道をたどっているのではないだろうか。

by三月終太
プロ野球データライラリー

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Last Update : 2004/07/29 01:01